赤帽広島 アロハ急便

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三伏(サンボク)の日には「補身湯」「参鶏湯」を食べる!

狗肉(犬肉)料理「補身湯」!
三伏(サムボク)の日に韓国、朝鮮では「補身湯」、「参鶏湯」を食べる!

韓国人は、健康志向が強く「医食同源」という言葉があるぐらいで日頃、口にする食べ物は「体にいい」ものを食する。
漢方医学があるぐらいで、今や「韓方」という字があてられる位、庶民に浸透している。
韓国では、犬肉(狗肉)を食べることは、つとに有名であるが、犬を食べる文化は、アジア全般にあるようだ。
中国をはじめ、台湾、タイ、ベトナム、北朝鮮などそして日本でも赤犬を食べていた。中国から犬食文化が、伝えられた朝鮮半島全土では、犬食は長い儒教の歴史とともに、受け継がれ宮中でも食されていた。
中国の東北三省にある吉林省の延辺朝鮮族自治州の州都の延吉市は、補身湯の店が軒を連ねている様である。特にこの延吉市の犬肉料理は、格別に美味いらしい!鮮度が違う、旬である!

日本で言う、土用の丑の日(土用鰻)夏の土用の丑の日に鰻を食べ夏ばてを防止する。韓国と朝鮮では暑い盛りに、暑気払いに夏ばて防止に「狗醤」(ケチャング)すなわち「狗肉」(犬肉)と「参鶏湯」を食して精力増強、肉体衰弱の補強に、てき面の効果があるとされている。犬肉は五臓と血脈を整え、体を温め足腰の痛みの緩和、気力、精力の増強にすごぶるく良いとされていて健康維持の為に食されている。犬料理のことを、「補身湯」、「栄養湯」と呼ばれる所以である。
しかし、犬を食べることは、タブー視する人もたくさんいて、また朝鮮語では人を評価する場合「犬の様な奴」と表現され罵倒語や軽蔑語で使われ、イメージが悪いとされ「犬肉」のことを「補身湯」と呼び名をかえた。

ソウルの街にはどの位「犬料理の店」があるかというと、「鰻屋」がある位あり、蕎麦屋、寿司屋やほど多くはないが、イタリア料理、フランス料理ほど少なくない。

1988年のソウルオリンピックのとき、犬食が欧米(特にイギリス)から「犬を食べる野蛮な民族」と非難され、表通りから裏通り(路地裏)へと追いやられた。中には、廃業に追い込まれた店も少なくない。しかし、2002年のワールドカップの時は、国をあげて犬食文化「韓国固有の食文化である」をアピールし、FIFAの副会長でもある「チョン・モンジュン」氏が、これを跳ね除けた。

夏の暑い盛りのことを日本では「暑中、酷暑、盛夏、残暑」にと使いわけするが「韓国、朝鮮」では、三伏(サムボク)と表現する。すなわち「伏日」(ポクナル)が三つある。それは、「初伏(チョボク)」、「中伏(チュンボク)」、「末伏(マルボク)」のことである。これを合わせて「三伏(サムボク)」と言う。「初伏」は夏至の第三の庚の日、「中伏」は夏至の後の第四の庚の日、「末伏」は立秋の最初の庚の日のことである。これを「三伏の暑さ(サンボクトウィ)」と呼んでいる。

今でも狗肉は、朝鮮では高級料理である。体を温めると言われている為に、冬にも好まれて食べられるが、「熱をもって熱を制する」といわれ暑い夏の盛りに温まる狗肉(犬肉)を食べて暑気を払うとされている。

<参考文献>  となりの韓国人  著者:黒田 福美  発行所:講談社     朝鮮歳時の旅   著者:韓 丘庸  発行所:東方出版
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中国の焼肉!青島の「平壌館」

中国の焼肉店
青島の「平壌館」で焼肉を食べる!



経済成長が、著しい中国。食生活も変わりつつあり、外食産業の普及により焼肉店が増加している。
焼肉といえば、韓国がつとに有名だが、その関係のせいか中国の中でも朝鮮族が居住している地域に焼肉店が普及している。
中国の吉林省、黒竜江省、遼寧省の東北三省には、朝鮮族が200万人居住している。
この人たちの食生活には、キムチと唐辛子が欠かせない。民族的な外食産業は、キムチ、冷麺と狗醤(ケジャン)である。

今、この地域に焼肉店が一種のブームとなっている。あの文化大革命時代の1970年代には焼肉店はなかった。
1983年に遼寧省の瀋陽市の朝鮮族居住地域に、できて間もない3店舗ないし4店舗があるのみだった。吉林省の延辺朝鮮族自治州の州都である延吉市には1店舗もなかった。朝鮮式の食生活があふれているところなのに、焼肉店はみあたらない。
州都の延吉市をはじめとして、東北三省の主要都市にある朝鮮族の居住地域に焼肉店ができ始めたのは、1986年の後半ごろからだ。この地域が観光の対象となり、飲食店の営業の自由化、さらに1992年に、韓国との国交が樹立され韓国に出稼ぎに行った人達が開いた商売は焼肉店だった。韓国から情報が入り、日本の焼肉店を参考にした店が出来始めた。
1995年には、朝鮮族の居住地域には、まさに雨後の筍という感じで焼肉店がひしめきあっていた。
1983年には数店しかなかった瀋陽市の朝鮮族街にも、1995年には焼肉店がひしめきあっていた。
いまや焼肉料理店は、これら朝鮮族居住地域での外食産業のトップである。

朝鮮族居住地域以外でも、高級レストランとしての焼肉店の存在感は大きい。
北京を始め、各都市の高級ホテルのレストランの中に焼肉店が在ったり、日本企業系の大手のスーパー(ジャスコ)のレストランの一角に在ったりして焼肉料理を食べさせるところが多くなっている。山東省の青島は、韓国人や朝鮮族が多く居住しているせいか、焼肉店が多い。

その中にある「平壌館」に行った。「2005年のゴールデンウィーク」のことである。場所は、わりとスーパーのジャスコの近くにあり店は広く綺麗でセンス良くまとまっていて値段も意外と安い。チマチョゴリを着た美人の若い女性が多く、ショータイムがあり彼女達が歌や踊りを披露してくれる。当然、ハングルで歌を歌ってくれる。どうも彼女達は、北朝鮮の出身で北朝鮮人のようである。お客さんは、韓国人なのか中国人なのか見当がつかない。どちらにせよ楽しそうであった。焼肉が食べれる所はそうないからか、それともただ単なる人気のある店なのか(踊りと歌もあるせいか)よく繁盛している。しかし残念なのは、肉じたいは、さほど美味しくなかった。ミッパンチャンの数も少なくしかも、味もいまひとつ美味しさに欠ける。ビールもさほど冷たくなく残念。青島ビールで乾杯して、骨付きカルビ、ロースとマトンの肉を頼んで食べた。しかし北朝鮮人は、美人が多い!楽しい一時を過ごす事ができた。

中国の焼肉店は主たる顧客は、日本人や韓国人のビジネスマンや観光客のようである。
こうした高級レストランは、日本、韓国、台湾などの焼肉店経営者とタイアップしているケースがほとんどのようである。
いうまでもなく店舗のスタイルが、日本の焼肉店のようである。

<参考文献> 朝鮮半島の食と酒  著者:チョン・デソン  発行所:中央公論社

摩天楼の青島港「中国」

摩天楼の青島港(中国)
「オリエントフェリー」で青島へ行く!
大好きなフェリーの旅。ゆっくり、のんびり、ゆったり、気さくな気楽な旅、安く気どらない旅、スローな旅はフェリーに限る。フェリーがこんなにも楽しくコミュ二ケーションが取れる乗り物は他にないと思う。また貧乏旅行のはずなのだが結構、優雅な旅で、はまってしまう。

2005年のゴールデンウィークに下関港からオリエントフェリーに乗って中国の青島へ行った。4年前の2001年のゴールデンウィークに行って以来今回で2回目。前回もオリエントフェリーで行った。下関港を昼の14:00頃に出航し翌日の夕方17:00頃に着いた。ちなみにダイヤでは、13:30出発で翌日の16:00に着く予定になっている。
フェリーの良いところは、船内でゴロゴロと寝ることができることと、レストランで食事を楽しむこと、特にビールが無税の為に安い。日本のビール(300円)青島ビール(200円)しかも大瓶でとても安い。また風呂もあり、ゆっくりでき快適な船旅を満喫できる。それにレクレーションもあり(中国語の勉強会、映画やカラオケ大会など)楽しいひと時を過ごすことができる。それに流石は中国、卓球台がある。時間があるので見知らぬ人とコミュ二ケーションが取れて、楽しからずや。
ラウンジでカラオケ大会が行われカラオケは無料で、何曲も歌える。ビールは、レストランと同じく青島ビール大瓶で200円と、とてもリーズナブル。
ロビーなどに居ると、何処からともなく人々が来て、情報交換などがおこなわれ、バックパッカーにとっては貴重な時間である。見知らぬ人とのコミュニケーションが取れて楽しい一時を過ごす事ができる。

長い船旅もそろそろ終焉となり中国の青島が間もなく着く。フェリーの良い所は、徐々にゆっくりと着くので「来た来た来た」、「やっと着いた」という感じで「じわじわ」と異国の地が見えて来る所がなんともいえないところがよい。いよいよ巨大な中国大陸が見えてきた。青島港は、今回も「霞」なのか「霧」なのか霞んでいた。前回も霧で全くと言っていいくらい見えなかった。どうも昔は、春秋ともに「霞」とも「霧」ともいったみたいだが、その後春を「霞」秋を「霧」というようになったみたいだ。
微かに見えてきた。高層の建物があちらこちらと見えてきて摩天楼の世界。上海港と見違える位の高層群である。4年前に来たときよりも増えている、中国の勢いは凄い。破竹の勢い。すざましい様変わり、勢いを感じさせてくれる。恐ろしい雰囲気。

上海港が中心港なら、青島港は摩天楼港だ!中国も2008年の「北京オリンピック」を間じかに控え「青島」も会場となっているせいか、日進月歩変化している感じだ。新しい街造りに躍起で、とても綺麗で道も広く、木も沢山植え緑が豊富にあり、高層な新しくセンスのよいビルが林立し、高層群のマンションが建ち並びまさに摩天楼の世界である。そして、少し離れた所に高級住宅街があり、高層群のマンションが建ち並び、ここは中国とは思えずまるで、ヨーロッパに居る様な感じさえもうかがえる。
2010年の「上海の万博」も控え、衰えを知る事がない「中国」!破竹の勢いである。すざましい力である。

いっぽうで「モータリゼーション」に、建設ラッシュと工業(工場)の環境汚染で公害が心配される。工場による地下水の汲み上げや高層建設ラッシュによる地下水の汲み上げで砂漠化が益々進み懸念される。今後の大きな課題であろう。
中国の急激な経済成長で貿易が増え、その憂い見で「中国特需」で船舶関係が好調で、「オリエントフェリー」もその効果のいったんなのか「下関港」から「青島港」の便が、週1便6月13日から増える。よって週2便から週3便になり嬉しい悲鳴である。

世界一の超巨大都市「重慶」(中国)

世界一の超巨大都市・重慶(中国)
西部大開発を引っ張る人口世界一の超巨大都市「重慶」約3200万人!

重慶は長江の上流にあり中国の西南部の内陸にある世界一の超巨大都市である。
なんと人口約3200万人の超巨大都市「重慶」。
西部大開発の目玉。今から8年前(1997年)に中国4番目の直轄市「重慶市重慶」となった。
ちなみに、あと三つは(北京市・上海市・天津市)。
2000年に中国政府が「西部大開発」の発展戦略を打ち出した。中国は改革・開放以来、東部沿海部は急速な目まぐるしい経済発展を成し遂げているが、一方内陸部の西部は遅れた。疎の為、貧富の格差、地域の経済格差、生態系の保護と少数民族地域の発展促進の為に、中国政府が2000年に「西部大開発」のスローガンを掲げた。対象は西部の12の省と直轄市と自治区。
その為、経済の発展が目覚しくなり巨大都市の「重慶」がこれにより益々巨大化していった。その為人口が目まぐるしく急速に増えた。1997年(825万人)だった都市部の人口は、2003年には1192万人に増えた。

現在、重慶市の人口は世界一(3200万人)だが、その面積もまた8万平方キロと広大である。市の下に40の区と県がある。
3200万人の人口のうち農村人口は60%以上を占めていて、改革・開放以来、農村から大量の労働者が市内に流れこんできた模様だ。「重慶」の大都市を核とし周辺の農村経済を発展させ大きな都市圏を作り上げ、西部地区を共同発展させる狙いだ。
「重慶」は直轄市となって8年目、産業構造の変革によって農村経済を発展させ、サービス業を優先的に発展させるなどの方法で大きな成果をあげた。その為いまや「重慶」の経済発展水準は、東部の平均発展水準までに達しているといわれている。


重慶はなんといっても重慶名物「火鍋」である。それと重慶の街でもっとも目をひくのは、「火鍋」とファションセンスの良い女性だという。ネット上で、女性が美しい中国の都市の調査が行われ、重慶は大連につぐ第2位だったからだ。
かつて重慶は、西部の「小上海」と呼ばれていた。重慶の女性は、上海の流行をいち早く取り入れたからである。
そして重慶名物の「火鍋」は辛い。しかしこれがとても美味しく、病みつきになる。重慶の人々はこれが、大好きで大きなレストランから街角の庶民的な料理店まで至る所にあり、どこでも「火鍋」を食べさせてくれる。今では重慶人にも観光客にも、もっとも喜ばれる料理となっている。重慶の「火鍋」の発案者は、港の労働者であるといわれている。人が捨てた牛の内臓を、唐辛子とコショウを一杯入れ、油の鍋で煮て食べたところ、とても美味しくその後だんだんと「火鍋」という食べ方が広まったとのこと。1931年に重慶に最初の「火鍋」の店が現れた。そして現在は、重慶のメイン地区だけで約3000軒の「火鍋」の店があるといわれている。

長江の水運が交通、物流の中心である重慶は、長江の上流にあり、あの有名な三峡下りの起点ともなっている。
長江は、中国のもっとも長い大河である。長江の下流には、武漢、南京、上海など長江沿岸には十数の大中都市があり、この長江を自動車や石炭などを載せた貨物船がひっきりなしに行き交う。陸路の交通がまだ発達していなかったころ長江が、重慶と中国東部や海とを結ぶもっとも重要なルートであった。1950年代、道路や鉄道が急速に発達すると長江上流の船舶の航行能力には限界があった為、長江の重慶地区の水運は、いったんはさびれてしまったが今、建設中の三峡ダムの工事が進み、ダムの貯水ラインが135メートルになり。これによって三峡の上流の水位が数十メートル上がり、これにより川面が広がり大きな船が通れるようになり長江は中国西南部と華中、華東を結ぶ黄金のルートとなり復活した。この2年間で重慶の水運量は増加し2004年には、水運が重慶のもっとも重要な運輸の手段となり対外貿易の物資は、50%が水運を利用している。今後、三峡ダムの貯水ラインが175メートルにもなれば、1万トン級の船舶が長江をさかのぼって重慶まで来られるようになるという。

<参考文献>  特集「西部大開発を引っぱる人口世界一の巨大都市・重慶」 文:王 浩  出版:人民中国2005年3月号 


2005フラワーフェスティバル「広島」

2005フラワーフェスティバル「広島」
ゴールデンウィークの真っ盛りの5月3・4・5日の3日間、広島市中区平和大通りで2005年ひろしまフラワーフェスティバル(FF)29回目が、開催され3日間で162万4000人が訪れ、3日目の(FF)最終日(子供の日)には62万1000人が訪れた。
29回の(FF)史上歴代5位の記録である。3日間、好天に恵まれたことが良い結果をもたらしたのであろう。

私も最終日(FF)、フラワーフェスティバルの会場に繰り出した。好天に恵まれたせいもあり、また「子供の日」と(FF)最終日ともあって、大勢の人で賑わっていた。フラワーフェスティバルの会場を歩いていると、とあるステージでライブをやっていたので、立ち寄って聞き入ってしまった。とある場所とは、「KIRINオアシスガーデン・2005フラワーフェスティバルKIRINブルメリアステージ」である。「KIRIN」のイヴェント広場で会場では、麒麟の一番搾りの生ビールが飲める。一杯(400円)ご賞味してみた。良く冷えていて美味しい。同じ一角に「小岩井乳業」と「やきとりの名門秋吉」も協賛していた。

広島新球場建設応援キャンペーン実施中!2005年11月20日まで、皆様の麒麟の一杯が新球場建設募金に繋がる。一杯の料金の一部が、募金される。私も一杯ご賞味したので、結果的に一役をかってしまった。
おつまみに焼き鳥(350円)を買い、酒の肴と歌の贅沢なおつまみ「ゴスペルライブ・Spiritual Voics」の歌声を聞き入ってしまった。とてもリズミカルで体が自然と踊ってしまう。ビールの酔いとともに気分までもそれと同時に酔ってしまった。余韻を残しながら次の催しは、「和して生活ハーモニカ・ハーモニカ大好き人間:連」による、「ハーモニカ」の複数人による「コンサート」が、演奏された。5グループによって演奏された。どのグループもよく練習されていて「和」がある。
比較的、年輩者による混成されたチームが多かった。小学生の時から馴染みのある「ハーモニカ」が、どことなく哀愁を感じさせ、懐かしさがあり、どことなく愛らしい。可愛いのである。「ハーモニカ」は、すぐ身近にある楽器だが、とても心地のよい音色で気持ち良く聞き入れさしてくれた。簡単そうに見えるが、奥の深い楽器のように感じられた。「ハーモニカ」ひとつで、ここまで和やかな気分にさしてくれる。しかも身近で身軽にポケットに入り、親しみのある楽器はほかにないのでわ。
1人年輩者による単独で、演奏された「津軽じょんがら節」はとても素晴らしかった。「ハーモニカ」による演奏はまた、ひとあじ違う音色で感動した。はじめて聞いた。「ハーモニカ」ひとつで、ここまでできるとわ!ビックリ!もう一杯生ビールを飲み気持ち良く「津軽じょんがら節」を口笛を吹きながら会場を後にし人ごみの中に紛れ込んだ!

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